walking working woman

20代半ば女の、日常のちょっといいこと紹介

プレイヤーか観客か、決めるのは自分

物事をするかしないか自分で決められる機会は、日常生活で多いと思います。

 

朝早起きして勉強するかしないか

一駅分早く降りて歩くか歩かないか

困っている後輩を助けるか助けないか

 

私はいつも、「する」人でありたいと思っています。

その方が絶対に、楽しいからです。

 

 

先日、女友達五人で一泊2日の国内旅行に行くことになったのですが(タラレバ女とののしられそう)、なかなか詳細が決まりませんでした。

飲みの席の勢いで日程を決めたのですが、宿や交通手段、やることなど、決めることはまだたくさんあります。みんな調べてLINEを送りあってはいるけど何が最善か分からず、情報だけ闇雲に集まり結論が出ないまま数日過ぎ、、

そうすると、みんな少しイライラしてくるのです。

 

 

私は進まない話を結論に導こうと決めました。宿、交通手段、現地でやることなど情報を精査して具体的にし、「これでどう?」とLINEでみんなに意見を求めました。

すると、みんな賛成ばかり。

いつの間にか、宿の予約、行き帰りの特急切符、現地でのバスの予約など、五人で行く旅行にも関わらず全て私がやることになってしまいました。

要するにみんな忙しくもしくは面倒で、多量の情報を前に考えることを放棄していたのです。そこで私が「やるよ」と言ってしまったために、ついに一切自分で考えたり動かなくなってしまったのです。

 

試しに最終的な切符の購入だけでも誰かにお願いしたい、と言ってみたのですが、ただ決まった内容のものを販売所で購入することすら誰もしたくないようでした。

 

 

最初に私が動かなければ、誰かが重い腰を上げたのかもしれません。

でも、その誰かは、今私が抱えているモヤモヤを抱えることになったかもしれないし、それを端から見るのもいやです。みんなのイライラが増していくのも耐えられません。

こんなとき、いい上司が部下のやる気を引き出すように、みんなを盛り上げることができればよかったのですが、私の力量が足りなかったためにこんな虚しい一人舞台で終わってしまい、少し悔しさを感じています。

 

 

けれど、やると決めたのは自分。やらずに逃げることは簡単だけど、やった自分は前より少し成長でき、人生はより楽しくなると思います。

旅行だって、全て事前に誰かに手配され自分で何もしなくていい旅よりも、自分で調べたり問い合わせしたり手配したほうが、思い入れがあり、より充実した旅になることは間違いないのです。

 

 

 私はスポーツ観戦があまり好きではありません。(フィギュアスケート等、観客に見せることを主体とした競技は好きですが)

観戦する側より、いつもプレイヤー側でありたいと思っています。

 

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